こんぺいとう   平成27年度
《 詩》 秋の公園    アクトン 小4
ひらひらひら
 もみじの葉
 きらきらきら
 空が光った
 まてまてまて
 おにごっこ
 あはははは
 みんなが走る
 もみじの葉っぱも追いかける
【評】 秋の光を背にいっぱい浴びながら、鬼ごっこを楽しむ情景がリズミカルに描かれています。

《発表原稿》 目が不自由だけど走れる方法     ブレント 小4
 目が不自由な人でもマラソンができるなんて、すごいですよね。みなさん、このような場面を見た事がありますか。ふつうはあぶないし、おどろきますよね。目が不自由な人でも、目がふつうに見える人ができる事もできます。たとえば、マラソン。マラソンは、目が見える人でもできます。さらに、目が不自由な人もできます。これは、みんなが同じ事ができるということで、目や耳が不自由な人でも、関われるということです。
 私は、インターネットで調べました。目の不自由な人は、マラソンをする時、目が不自由ではない人(ばん走者)とペアになって、ロープを持って走ります。そのロープは、1mで、わにして手に持って走ります。ばん走者は、目の不自由な選手の真横か、半歩後ろで走らなければなりません。特にきけんな場合は、前に出たり、少しひっぱったりする事もありますが、きほん的には、選手の力で走らなければなりません。
 このように、目の不自由な人でも同じルールで、平等にして走ることがすごいと思います。自分で、自分の力を使って、走るという経験を持てるということに、おどろきました。今でも、じゅうぶんにみんなが楽しめるスポーツがありますが、もっとできるスポーツがふえたらいいなと思います。
【評】 誰もがよりよく関わり合えるための工夫などを調べ、発表したときの原稿です。目の不自由な人が、走らせてもらっているのではなく、自分で走るために助けてもらっているのだということが、よく分かりました。

《作文》 老子の思想を学ぶ意義    アクトン 高3
 老子は中国春秋時代の伝説上の人物で、道家思想の経典名である。彼は「無為自然」を信じていて、人間が文明を持ち社会が発達してしまったから戦争のような悪い事が起きると考えていた。だから文明を捨て自然の法則に従って生きる生活に戻れば、平和な世界にかえる事が出来ると述べている。一方儒家のリーダーである孔子は「仁」という考えを持っていた。彼の考えは老子の考えと対立していて、逆にこのまま文明を進めるのが一番だと考えていた。それは、文明が発達し、人と人との思いやりを意味する「仁」の大切さを学べば、争い事も解決出来るようになり、便利な生活を続ける事も出来ると信じているからだ。
 私は老子の考えを現代で実現するのは不可能だと思う。すでに文明は以前考えられなかった所まで進んで、この便利な生活を投げ捨てても良いと思う人はいないだろう。もし現代にこの考えを実現しようとするなら独裁者などの強力な指導者が必要になり、人々の人権を奪わなければならないだろう。
 しかし、老子のような考え方を学ぶことには意義がある。まず、昔の考え方を知り、現代社会とじっくり比べ、どの位世界が発達したのかを考える事が出来る。また実際に今活用出来るところもある。「小国寡民」全ての点に納得出来る訳ではないけれど、例えば武器を持っていても使わない、という点は今でも通用する。現代社会は老子や孔子の生きた昔よりは平和になった。しかし、戦争がまだあるのも事実だ。テクノロジーが発達し、簡単に強力な武器が作れるようになったが、作るべきではないと思う。その上で、今存在している武器も使わず、人種や宗教が違っても他人を尊敬し、出来る限り一生懸命分かり合おうとするべきだ。もちろん、今すぐ実現するのは難しいが、いつか出来るようにもっと努力した方が良いと思う。
 このように、考えを比較検討することで、今を客観視し、便利になった現社会に感謝したり、よくない点を見出して批判したり出来るので、老子の考えは学ぶに値すると思う。
【評】 【評】紀元前の理想主義的側面を多分にもつ思想も、今の私たちを立ち止まらせ、省みるさせる鏡としての力を充分にもっているようです。 

《作文》 絵日記    クロイドン 小2 
 今日、学校でポピーデーのしきてんがありました。11月11日は、イギリスでだい一じせかい大せんがおわった日です。
 ポピーがたくさんさくフランスやベルギーでたくさんの人がなくなりました。
 そのたましいやイギリスのためにたたかったへいたいさんのくようのために、わたしもおいのりをしました。わたしの中には2つの国の血がながれています。せんそうは、ぜったいにしてはいけません。
【評】 最後の部分にとても感動しました。しっかりまとめられています。

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