こんぺいとう  平成25年度 
《作文》 うんどうかいのえにっき  「はじめてのときょうそう」    小1 
 「かつぞ。ぜったいに。」と、わたしはおもいました。おとなりのこは、あしがはやそうにみえましたがわくわくしました。すたーとはよかったけど、ぬかされてしまいました。でも、あきらめないではしりました。らいねんもかとうとおもいました。
【評】 ○○さんがどんな気持ちで走っていたか、よく伝わってきました。

《作文》 うんどうかいのえにっき    小1 
 きのうは、うんどうかいでした。ぼくは、おおだまころがしがいちばんすきでした。たまは、ぼくよりずっとおおきかったです。でも、ちゃんとおせました。たまいれは、たのしかったです。ぼくたちのあかぐみがかててうれしかったです。
【評】 何をして、何が楽しかったのか、よくわかりました。丁寧に書けています。

《作文》 うんどうかいのえにっき   「ドキドキする」     小2
 きょううんどうかいでした。日本人学校にいく車の中で、ぼくはせんしゅにえらばれていたので、リレーでぼくが一ばんにバトンをつぎの人にわたせるかどうか考えたら、むねが千かいぐらいドキドキしました。
 本ばんのとき、女子がさきにはしりました。そのあとに、校ちょう先生のかけごえで男子のリレーがスタートしました。1年生がはしってくるのが見えたとき、ぼくの人生がおわるかと思うぐらいドキドキしてバトンをもらいました。はしりはじめたときには、はしることだけ考えました。
 またらい年、リレーのせんしゅになったらドキドキするとおもうけど、がんばりたいです。
【評】 リレーの選手としてバトンの受け渡しがうまくできるかどうか、心配した○○くんの気もちがとてもよくわかりました。朝からこんなに緊張していたなんて、気づかなくてごめんなさい。でも、無事、自分の責任を、負うことができたでしょう。ごくろうさまでした。

《作文》「たのしかったつな引き」    小3
 運動会でいちばん楽しかった運動は、つな引きです。つな引きは、赤組と白組がなわを半分ずつもってひっぱるゲームです。
 みんながじゅんびしていたとき、○○くんのお父さんがとても大きな声で、
「がんばろうぜー!」
と言いました。少しびっくりしましたが、おうえんしてくれたのでがんばりました。
 ぼくはつな引きを2回やって、さいしょは赤がかったけれど、2回めは白がかちました。みんなとつなを引くとき、リズムを合わせることがむずかしかったので、かてるかどうかはわからなかったけれど、かててうれしかったです。
 ○○くんのお父さんや、ほかの人のおうえんでやる気がでたから、かてたと思います。来年はもっとおうえんして、がんばりたいと思います。
【評】 ○○くんのお父さんの応援は、本当ににすばらしかったです。おかげで、赤組のみんなはずい分力が出たと思います。心のこもった応援は、人の心を動かし、やる気もたくさん出させてくれるのですね。私も感動しました。

《作文》「楽しかった大玉ころがし」    小3  
 今日は、うん動会でした。天気はとてもよくて、すがすがしい日でした。それは、クラスのみんなで、てるてるぼうずを作ったおかげかもしれません。
 うん動会が、はじまりました。まっている間、大きな声で白組のおうえんをしました。やっと、大玉ころがしの出番がやって来ました。2年生が、さいしょにスタートしました。わたしたちは、
「フレー、フレー白組。がんばれ、がんばれ白組。ファイト、ファイト白組。」
とおうえんしました。3年生の中で、わたしのグループがさいしょで、わくわくしました。向こうから、大玉がやって来る時、自分より大きくて太陽みたいに見えて、どきどきしました。2年生から、大玉をうけとりました。はじめは、みんなが走るのがはやすぎて、おいつくことができませんでした。もっとはやく走って、ぜったいまけないと思って、大玉においつきました。さいごは、五人で大玉をころがすことができて、とてもうれしかったです。
 あっという間にうん動会はおわってしまいましたが、白組のみんなといっしょにおうえんして、本当に楽しい一日でした。
【評】 大玉転がしの時の様子を、順序よく詳しく書けました。わくわくした気持ちがよく伝わってきます。

《作文》 「くやしかった運動会」    小4
 6月21日は、ほ習校の運動会でした。私は
大玉ころがしと、かけっこと、紅白リレーと、つな引きに出ました。どの学年も、赤と白に分かれました。私は、白組になりました。
 まず最初は、大玉ころがしをしました。私は、アンカーだったのでドキドキしました。私の番になった時、私は、少し出おくれてしまいました。けれど、白が勝ちました。
 その次は、かけっこでした。私は三番でした。「動いて考えてまた動く」に書いてあったように走ったからだと思います。
 その後は、つな引きでした。2回やって1回目は、負けてしまいました。でも、二回目は勝てました。
 一番きん張したのは、もちろん、紅白リレーです。私は、足があんまり速くないのに、選ばれてしまいました。なぜかというと、女の子の人数が少ないので、全員走らないといけなかったのです。私は、ドキドキしながらバトンを受けとりました。教科書に出ていたとおりに走ったら、いつもより少し速く走れたような気がしました。けれど、負けてしまいました。
 リレーの後、みんなが得点ひょうの前に集まりました。だれかが、
「赤が勝った!」
とさけびました。私は、信じられませんでした。でも、本当に白が負けてしまいました。さいごのリレーで、逆転されてしまったのです。とてもくやしかったです。さいごのさいごまで、がんばらなければいけなかったのだと思います。今年は負けてしまいましたが、来年は勝ちたいです。
【評】 「最後の最後までがんばること」は、大事ですね。この気持ちを忘れずに来年もがんばってください。

《作文》 「運動会のリレー」    小5
 まえの人が走っている時、ぼくの心がドキドキしてきた。ぼくのチームが近づいてきたので、ぼくは後ろに手を出して、ゆっくり走りだした。
 バトンを受け取った。ぼくは三番だった。でも、前の二人はそれほどはなれていなかったので、思いっきり走った。二人がだんだん近づいてきて、まず、同じ赤組の人をおいぬいた。そして、前に白組の子が見えたけれど、もうバトンをわたす場所に近づいていたので、バトンをわたすことに集中した。
 走り終わって、ぼくはほっとした。リレーの結果は一位と三位が赤組で、ぼくたちはみんな、とてもよろこんでいた。とてもうれしかったので、つぎもリレーで走りたい。
【評】 ○○くんのリレーでがんばって走る姿が、目に浮かんでくるようです。よくがんばりましたね。
《作文》 「運動会」    小6 
 今日、朝起きて学校へ行くじゅんびをした。だ
けど、今日はいつもとちがう。今日は、年1回の運動会の日だからだ。いつもより早く服に着がえ、お母さんより早く車に乗り、学校にもいつもより少し早く着いた。太陽がまぶしくて、とても暑い一日だった。
 いよいよ運動会がはじまった。上級生のおうえんの声が空にひびいた。 
「フレーフレー赤組」
いっしょに大きな声でおうえんをしたから、今年はきっと勝てるはずだ。
 最初の種目はハリケーン。私はぼうのはじをもって、みんなをぐるりとまわす役目だった。みんなをぐるりとまわして走る、そしてまた、まわして走った。白組には負けたけれど、とても楽しくてみんな笑顔でいっぱいになった。
 そして、最後のリレーがやってきた。しんぞうがどきどきして、手が少しふるえた。私の走る番がやってきた。
「バトンをしっかりにぎらなきゃ、いっしょうけんめい走るぞ」
 バトンを受け取ってから、いっしょうけんめい走った。走り終えたらつかれて死ぬかと思ったけれど、ぜんぜんつかれなかったし、走り終えたら、とても気持ちがよかった。
 赤組がリレーでがんばったので、今年は赤組が勝って、とてもうれしかった。家に帰ってから、お母さんがとった私のリレーのビデオを何回も見た。そのたびに、走ったときの気持ちを思い出した。
【評】 リレーの選手として走る様子や、走り終わったときのことが、とてもよく書けています。かっこよかったですよ。

《作文》 「やっと赤組がかった運動会」    中1 
 私は、リレーにでました。私は、青いバトンの赤組でした。最初の「よういドン」で1年生が走り出した時は、青いバトン組は第3位でした。2年生から6年にバトンを渡している間に青いバトン組は、2位になっていました。
 とうとう私の番がきました。私のひざはがくがくして、私は神経質になっていました。6年生が、私にバトンを渡してくれました。おもしろいことに、その6年生は去年のリレーでも私にバトンを渡してくれた選手だったのです。本当におもしろいね、とその子と少し話しました。
 さて、バトンをもらった後、無我夢中で力いっぱい走りました。途中でこけそうになりましたが、走り続けました。半分トラックを回ったところで、息が切れて、とてもしんどくなってきました。後を見ると、3位の白組はトラックの3分の1ぐらい遅れたところだったので、急に余裕が出てきて走り続けました。私は、2位を維持しました。
 結局、中3までいった時も2位で終わりましたが、1位も赤組だったので、私達が勝ちました。私はとても一生懸命走ったし、2位も維持できたので満足していました。毎年、白組が勝っていた運動会でしたが、最終的には今年は赤組が勝ちました。とてもうれしい運動会でした。
【評】 】いいタイトルです。運動会の喜びが伝わってきます。 リレーにしぼって書いた作文。ハラハラ、ドキドキ、そして満足感がよくわかりました。

《作文》 「ラジオ体操」    中2
 僕は今回で8年間、運動会に出ています。そして、8回ラジオ体操をやりました。しかし、ラジオ体操が何なのか、どうしてなくてはいけないのか、知りませんでした。そこで、ラジオ体操について調べました。
 ラジオ体操は、1928年の11月に始まりました。ラジオ体操はアメリカから、猪熊貞治さんが日本に紹介しました。もともとは、日本の国民の体力向上と健康のための体操で、今はスポーツをする前の準備体操にもなっています。長い間続いているから、日本人だったらみんな知っています。「ラジオ体操」といわれる理由は、始まった時まだテレビがなかったので、ラジオを聞きながら体操をしていたからです。しかし、現在はテレビを見ながらラジオ体操をする事もできます。
 僕は今までラジオ体操は、ほしゅう校の校長先生が作った体操だと思っていたので、この体操の歴史を調べておどろきました。特にびっくりした事は、ラジオ体操の指導者の資格がある事です。今は、先生や母が、どうしてきちんとラジオ体操をしなさいというかが、やっとわかりました。来年は中3なので、最後のラジオ体操と運動会になります。だから僕は、来年の運動会で、ラジオ体操の歴史と大切さを考えながら楽しんで体操します。
【評】 日本中で行われているラジオ体操。クロイドン校舎の運動会を通して、いい体験ができましたね。いつか日本に行ったとき、ラジオ体操をする機会があるかもしてませんね。体で覚えてた まにやってみるのもいいと思います。

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