こんぺいとう   
《作文》 わたしの大すきなねこ    クロイドン 小1 
 わたしのたからものは、ねこのビリーです。ちいさいときにチャリティーショップでおとうさんにかってもらいました。
 大きさは、こぶしの4こぶんで、いろはくろで、目はみどりです。かたちは、ねこです。さわるとふわふわです。
 いつもいっしょにねるから、ビリーはわたしのたからものです。
 ねるときにこわいときに、わたしをみまもってくれます。いつもベッドにおいておきます。
【評】 猫のビリーのことが、とても詳しく書けましたね。これからも大切にしてください。

《作文》 かんしゃのメッセージ    クロイドン 小2
おとうさんへ
 一生けんめいみんなのためにしごとをしてくれてありがとう。
 おとうさんが、がんばってはたらいてくれるから、家ぞくみんなが元気に楽しくくらせます。
 もし、すごくつかれたら、ソファで一っしょにテレビをゆっくり見ようね。
【評】 疲れて帰って来ても、お父さんを気遣ってくれる○○さんがいてくれるだけで、癒やされるでしょうね。

《作文》 ごんぎづね7(段落)    フィンチリー 小4
 そのけむりといっしょに、ごんは天国へ行ってしまったのでしょうか? 兵十は、動かなくなったごんを山の中の草の上にそっとのせてやりました。そのころごんは、天国の新しい家でごんの家族、しんせき、友達と楽しくパーティーをしていました。
 ある日、兵十はふとごんの持ってきたくりを見つめました。そして、
「ごん、ごめんな。打っちまって。」
兵十のなみだが一つぶ、くりに落ちました。すると、くりがピカピカとかがやきました。
 そのくりを見ると、そこにはなんと、天国で楽しそうにすごしているごんのすがたがうつりました。兵十はハッとして、
「ごん、聞こえるかい? おれだよ。兵十だ。前はごめんな。」
 くりの中のごんが「いいんだよ。」という顔でにっこりわらっていました。 
【評】 ごんと兵十、心が通い合えたようですね。心温まるお話ができましたね。

《作文》 動物に言葉はあるのか    アクトン 高3 
 私は、「動物と人間」という表現にいささか疑問を覚える。なぜなら、人間は動物の一種であるため、人間と動物というふうに差別化できないからだ。しかし、次の2つの観点から見ることによって、人間は言葉を持つ特別な存在であることが判明するとともに、言葉とは「人間」と「動物」の間に立ちはだかる最後の砦であることが明確になるだろう。
 まず、動物に言葉は存在しうるのか。また、存在するならばそれは人間の持つ言葉と等しいのか。言葉を、情報伝達という観点から見れば、全生物が言葉を所有していると言えるだろう。一つ例を挙げてみよう。イルカは「エコロケーション」と呼ばれ音波を使ったコミュニケーションをしていることが近年わかった。また、骨伝導で受ける反響によりあらゆる情報を得ると考えられている。このように、情報伝達により意思疎通ができるのであれば、人間の持つ言葉と何ら変わらない。つまり、この観点からの人間と動物の差別化は難しいといえるだろう。では、別の観点から考えてみよう。言葉を単なる情報伝達の手段と捉えるのではなく、その情報をどこまでの範囲で伝達できるかという、コミュニケーションのレベルで考えてみる。
 まず、動物のコミュニケーションのレベルは、個体同士による相互認知行動と言えるが、これに対して人間のコミュニケーションのレベルは、動物のレベルを基礎にしながら、「記憶を進化させて伝える」範囲にまで達している。例えば、チンパンジーが硬いナッツを石で割る行為は有名である。割るには複数の行為を組み合わせなければならない。事実、この技術は親から子へ継承されるのだが、これは、「教える」という意図によるものではなく、見様見真似で技術を習得しているにすぎない。つまり、人間は記憶の伝達によって子へと技術を「教え」られるが、チンパンジーを含めた「動物」には、それができない。したがって、コミュニケーションのレベルという観点から見れば、「人間」と「動物」の間には砦が存在しているのである。その砦とはすなわち、人間の持つ記憶としての「伝達」である。
 「人間」と「動物」の違いは、おそらく、ヒトが地球で一番脳化指数が高いことと関係しているのだと思う。人間特有の「記憶の伝達」は、知能の進化によって得られた特許と言えるだろう。つまり、人間の言葉は地球上に生きる全生物の言葉の最先端をいっているのだ。「万物の霊長」とはまさにこのことを表しているに違いない。
【評】 コミュニケーション自体ではなく、そのレベルを観点にしつつ、具体例を用いて人間と動物の言葉の違いを説得力を持って論じています。また、巧みな表現が要所要所を引き締めています。

BACK