こんぺいとう  平成25年度 
《感想文》 「ツェねずみ」をよんで  フィンチリー 小1 
 ツェねずみは、いじわるでした。ツェねずみは、じぶんのせいでおきたちいさなことを、ともだちのせいにしてしまいます。しんせつにしてくれたともだちに、おれいもいいませんでした。
 さいごには、バチがあたったので、ツェねずみはしんだとおもいます。
 ツェねずみのことをきらいなねずみたちは、あつまってツェねずみにさよならをしました。おそうしきみたいに見えました。みんなくろいようふくをきて、かなしそうな目をしていたからです。
 わたしは、だれでもしんだらかなしいとおもいます。どんないじわるな子どもにも、おとうさんとおかあさんがいます。
【評】 「ツェねずみ」がどんなねずみか、よく分かりました。意地悪なねずみにも、お父さん、お母さんがいること、誰にでもその人を大切に思う誰かがいることに気付けましたね。

《作文》 しゅう字教室  日本語科3
 しゅう字教室は、むずかしかったけど、たのしかったです。
 まず、てんやぼうを書きました。そして、「水」の書きかたをならったあと、「水」のかん字を書きました。このかん字は、しゅう字で書くのはけっこうむずかしいですけど、しゅう字教室はけっこうたのしかったです。
 正ざをして書いていたので、足がしびれていたくなりました。
【評】 みんな熱心に話を聞いて、とても良い字を書くことができました。正座をして書くという、貴重な体験をさせてもらいましたね。

《作文》 習字  アクトン 小3
 わたしは、習字の日を待っていました。そして習字の日になり、体育館に行きました。そしたら、すみ、ふでがたくさんおいてありました。
 わたしは、書く前に用意しました。だけど書くのがはじめてなので、ちょっと心配になってきました。わたしは、そのときすごくこわくなりました。お母さんが、わたしをにらんでいるのです。
 だけど、はじめに先生と練習をするので、ちょっと安心しました。わたしは、先生が何回もわたしを見ているので、字がへたなのだと思いました。
 わたしは、がんばって「水」という字を書きました。あまりうまくできなかったのは、お母さんがプレッシャーをかけたからです。一番上手に書けたのは、リラックスしながら書いたからです。
 わたしは、この日がすごく楽しくて、おもしろい日だと思いました。 
【評】 初めて習字を書いたときの気持ちを、○○さんの言葉でとても上手に表現できている、素晴らしい作文です。

《意見文》 十二歳のぼくにとっての「平和」  アクトン 小6 
 平和に一番大切なものは、争いのない世界だと思います。
 むかし、ジャパンタイムズで働いていたお父さんが、神風特こうたいのしださんにインタビューをしました。しださんは、神風特こうたいとしてくん練を受け、これからまさに自分の出番がやってくるというところで終戦をむかえました。
 特こうたいとして死ななかったから、しださんは幸せだと思いましたが、そうではありませんでした。しださんは終戦後長い間、自分が戦争に参加したことと、自分が戦争で死ななかったことに深く苦しんだそうです。
 被害にあった人だけではなく、被害を与えた人も苦しむ戦争は、勝っても負けても人に大きな心の傷を残します。だからぼくは、争いのない世界を作ることが一番大切だと思うのです。
【評】 お父さんから聞いたインタビューを使って、説得力ある意見文が書けました。

《作文》 安楽死について考える  クロイドン 中3 
 安楽死が論争の問題である理由はたくさんありますが、多くは安楽死に賛成しています。なぜかというと患者が苦しみ、治ることがない病気と闘い続けることは大変で、患者を安楽死させることができたら痛みが止まり、平和的かつ前向きに死を選ぶことができるからです。
 安楽死を求める多くの患者は家族の負担を前提とする治療を受け、自分の存在が家族を苦しめていることに苦しみを感じることが多いでしょう。
 多くの場合、治療に多大なお金と時間がかかるので、家族の精神的・経済的負担が非常に大きいし、それをさせている患者の精神的な負担も同様に大きくなります。
 私が思うのは、人生はどのくらい長く生きるかではなく、どのように生きるかということの方が大事な気がします。
 もう一つの論点は人権問題です。人間である限り自分の意志に従うことができるということです。
 このような理由から、私は安楽死に対して賛成します。
 しかしながら安楽死に対して反対の意見があるのも事実です。安楽死は自殺であり、自殺を助ける行為であると認識する人もいます。痛みにたえられない、これ以上生きたくないという自分のわがままな意志で自分の与えられた寿命を自ら絶つというのは自殺であり、安楽死を公認するということは自殺を見て見ぬふりをすることと同じであるという意見もあります。もし安楽死に対して簡単に考えていたり、ただ苦しみから逃れたいという安易な気持ちで安楽死を決めるのであれば私は安楽死に対して反対します。
 しかし、安楽死を決断する人のほとんどは悩んで悩み抜いたあとに出す結論であって、一時の感情に左右されることではないと信じます。
 私や私の周りでそういうことに直面した人がいないので、今はよく分かりませんが、私は自分とそして家族の意見を尊重して決めたいと思います。
【評】 安楽死という難しいテーマを、賛成と反対の立場から論理を展開することができました。


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