こんぺいとう  平成25年度 
《作文》 くじらぐもにのったよ  アクトン 小1 
 くじらぐもがうちにきたら、わたしは、おかあさんとおとうさんといっしょにのりたい。そして、にっぽんのホテルにいきたい。
 わたしは、くじらぐもの上でとびたい。くじらぐもの上は、とてもやわらかくてきもちがいい。そしてうみがみえる。
 くじらぐもさん、かえりもよろしく。
【評】 とても柔らかくて気持ちの良いくじらぐもに、先生も乗ってみたいです。ホテルには、くじらぐもも一緒に泊まるのかな。

《作文》 秋  アクトン 小3
 秋には、どんぐりひろいに行くことが多いです。こないだは、まだ赤ちゃんでしたが、くりをひろい集めました。
 秋には、ハロウィーンもあります。ハロウィーンにはおばけのまねをして、おとなをびっくりさせて、さいこうです。妹といっしょにパンプキンのたねをとって顔をほり、お母さんがキャンドルをいれました。こわかったです。
 秋には、月がまん丸になってとてもきれいです。毎ばんはみがきをする前に、月をながめることが多いです。日本で月見をするときはどうなのか、知りたいです。わたしは、きれいだろうとそうぞうしています。
 森の公園に行くと木のはっぱがこうようしていて、遊んでいると中、目にとまります。
 秋は、きせつの中で一番きれいなときだと思います。
【評】 自分の目線と自分の言葉で、秋についてよく書けましたね。

日記》 海へ行った  クロイドン 小4
 夏休みが始まって以来、一番楽しいことをしました。それはサウスエンドに行ったことです。
 ぼくと弟が、行き方を地図で調べて行きました。まず、地下鉄に乗ってバンク駅に行き、DLRに乗りかえてライムハウス駅まで。それからC2C(シートゥーシー)に乗りかえてサウスエンド・セントラル駅まで行きました。
 駅を出て歩くとすぐに海が見えました。そこには世界一長い遊歩さん橋があったので、歩いてみました。全長二・一キロだったのでくたびれたけれど、そこにはRNLI(ライフボートのたて物)があって、ボートを引き上げるのをぐうぜん見ることができてうれしかったです。
 青くて小さい電車に乗ってはまべにもどってから、貝がらをさがしに行きました。その時はまは干潮で、ずっと遠くまですなはまがどろになって平らに広がっていました。どろの上を歩くとサンダルがうまって前へ進めなかったので、サンダルをぬいではだしで歩くことにしました。
 二〜三センチのこいはい色の魚がたくさん海草のまわりにじっとしていたので、紙コップでそうっと近づいてつかまえようとしたら、魚ではなく小さな黄緑色のカニがコップに入っていてびっくりしました。それからしばらく手の上でカニを歩かせて遊んで、弟の作った川におろしてあげると、少し水に流されてから上の方の足をかかえこむように丸まって、下の方の足ですなをほってスルスルともどって目だけを出して、じいっとしていました。ぼくはそのカニを何回もほり出しましたが、カニはまたすなにもぐりました。
 それから町を歩き回ってから海にもどると、海の水がはまべまで来て、波が打ちよせていました。ごはんを食べて少し泳いでから帰りました。
 サウスエンドは、はまべが広くてさん橋がとても長く、楽しい所でした。こんな所に住んでみたいなと思いました。 
【評】 いろいろな発見ができましたね。その時のことがとても詳しく日記に書かれているので、先生も行ってみたくなりました。

《感想文》 「雪とパイナップル」を読んで  フィンチリー 中1 
 鎌田医師がベラルーシを訪ねて、人間の命を支えているものを見つけられたことは素敵だと思いました。鎌田医師にとって、最先端の治療をしたにもかかわらず失敗に終わった患者の家族に会うのは、勇気のいることだったろうと思うからです。
 ヤヨイさんがアンドレイに、「何が食べたい?」と聞いてあげたことは、やさしいと感じました。人間にとって、食べることはシンプルで基本的な欲求だからです。その人がやりたいと思うことを応援してあげることが、やさしさであり、愛情であると思うからです。
 アンドレイは、本当に不運だったと思います。自分が悪いわけではないのに、原子力発電所の側に住んでいただけで、放射能をあびてしまったからです。そのせいで彼は死ぬことになりました。死んでしまうとどうなるか分かりませんが、残されたお父さんやお母さんは、どんなにやるせなかっただろうと思うのです。
 ヤヨイさんが、見つかるかどうかも分からないパイナップルをアンドレイのためにさがしてあげたことは、親切でした。最後に、アンドレイが食べたかったパイナップルを食べることが出来たのは、奇跡です。一人の人が考えた親切が広がっていったことは、どんな人もだれかの役に立つために生きたいと思っている証拠です。
 私は、小学校六年生卒業式の日に、大切な言葉に「ありがとう」をえらびました。何故だれかの役に立ちたいのか…と考えると、それは、その人にありがとうを言われた時、自分がうれしいからだと知らず知らずのうちに気がついていたからかもしれません。
【評】 「誰かのために、何かをしてあげたい」というのは、相手の立場に立って、その気持ちに応えてあげたい、ということです。そして、その後にもらった「ありがとう」の言葉は、とても大切な宝物だと思います。




BACK