こんぺいとう  平成25年度 
《俳句》 春の俳句   アクトン 小六 
 ひきがえる のそのそのそと おきてきた
【評】 「のそのそのそ」のところが、ひきがえるの様子をよく表していますね。

《日記》 絵日記   フィンチリー 小三
 五月二十五日、セブンシスターズにかぞくとおじいちゃんとおばあちゃんと行きました。
 さいしょに、セブンシスターズの上にのぼりました。上には、草がいっぱいはえていました。上から見た時は、小さく見えたけれど、下を歩いて見上げたら大きく見えました。高かったので、のぼってみたいなと思いました。下を歩いていたときに、白と黒の丸い石がたくさんありました。黒い石は海岸で、白い石は、セブンシスターズから落ちてきたかけらです。その白い石は、チョークみたいに書けます。お父さんといっしょに、黒い石に「セブンシスターズ」とえい語で書きました。「セブンシスターズ」と書いた石といっしょにしゃしんをとりました。弟は、フランスパンみたいに大きな石を、家にもって帰ってきました。
  さいごに、川のところまで一時間ぐらい歩きました。ついたときは、十二時半くらいだったので、とてもおなかがすいていました。川についたら、サンドイッチを食べました。そのサンドイッチは、すごくおいしかったです。こんど行けたら川のむこうがわに行きたいなと思いました。
【評】 セブンシスターズでどんなことをし、そしてどんな気持ちになったのか等、文章で上手に表すことができました。

《作文》 すごいなと思ったこと   アクトン 小四
 ナタリー・デュトワは、かた足の水泳選手です。ナタリーは十七才のとき、事こで左足を切だんしなければならなくなりました。わたしは、この話を英語で読みました。
 ナタリーは、水泳の練習に行くと中、モーターバイクに乗っていて、車とぶつかりました。そして、左足をなくしました。事こにあったとき、ナタリーは、しょう来をやくそくされた有名な選手でした。だれもが、もう二度とナタリーは泳げないと思いました。
 しかし、ナタリーはあきらめませんでした。事この三か月後、コモンウェルズ大会に出場し、八百メートルを九分十一秒三十八で泳ぎ、決勝に進出しました。おどろいたことに、身体が不自由でない選手にまじって決勝に進んだのです。メダルこそのがしましたが、最後まで泳ぎきったのです。
 わたしはこの話を読んで、事こにあっても希望をなくさなかったナタリーは、ゆう気がある人だと思いました。あきらめてしまうことはかんたんだけれども、あきらめずに努力することは、大へんなことだと思うからです。
 すばらしい記ろくを出したり、パラリンピックやその他の大会でたくさんのメダルをかくとくしたことより、わたしが何よりすごいと思ったことは、ナタリーがかた足をなくしても夢をすてなかったことです。ナタリーはのこされた足でたたかったのだと思います。 
【評】 このナタリーさんは、本当にすごい人、素晴らしい人だと思いました。葵さんの作文を読んで、ナタリーさんの本を読んでみたくなりました。

《作文》 言葉について考える   クロイドン 中三 
 私たちの日常には言葉があふれている。自分が使うだけでなく、テレビから聞こえてくるもの、ポスターから目に入るもの、言葉のない世界は考えられない。しかし、あまりにあふれているので気に留めない場合が多い。そこで言葉とは何か考えてみたい。
 私は、言葉とはパフェの中のアイスクリームのようだと思う。
 アイスクリームだけではパフェにはならない。ソースやトッピングをかけることで初めてパフェになる。同じように言葉も感情のソースと表情のトッピングを「かける」ことによって相手に伝えたいことを楽しくそして魅力的にすることができるのだと思う。
 甘いチョコレートソースは愛情、レモンソースは悲しみに例えられるのではないか。同じアイスクリームに様々なソースをかけることで、見かけや香りそして味が変わる。
 トッピングは、楽しさやうれしさなど顔の表情を表現できると考えられるのではないか。バナナやもものように甘いフルーツはやわらかくてやさしい表情に例えられるだろうし、カリカリするナッツは堅い表情に例えられるかもしれない。
 このように、私たちは言葉に色々な表情や感情のトッピングを加えながら、言葉をもっとおもしろく表現しているのではないかと思う。
【評】 言葉を「パフェの中のアイスクリーム」に例える斬新な発想を、具体的な例とともに説明できています。



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