こんぺいとう  平成24年度 
《作文》 アルバム  クロイドン 小1
 わたしのたからものは、アルバムです。きょねんのなつ、日本にいったときのしゃしんがはいっています。
 アルバムのいろはグレーで、たては二十九センチでよこは十五センチです。
 わたしのたいせつなおじいちゃん、おばあちゃんとともだちを、いつもみておもいだします。
【評】 大切なアルバムのことがとても詳しく書けましたね。

《作文》 ナイル川の話  クロイドン小2
 今日は、先生がゆうめいなナイル川の話をしました。ナイル川は、せかいで一ばん長い川です。六千六百五キロメートルです。
 先生は、「なぜ、こんなさばくにある川がこう水になるか」を教えてくれました。夏、あたたかくなるとエチオピアの山の雪がとけて、川が水でいっぱいになるからです。こう水がおきると、えいようたっぷりの土がさばくにのり、ぼくのすきなトマトもうえられる、と先生が言いました。
【評】 自然の流れは本当におもしろいですね。川の水もそれぞれの国には関係なく、高いところから低いところへ自由に流れて行っているわけですね。考えさせられるお話でしたね。

《作文》 目の不自由な人  フィンチリー 小4
 ぼくは、目の不自由な人のために考えられたものについて、日本とイギリスのちがいを身近なもので調べてみました。
 日本でおふろに入ったとき、シャンプーに出っぱりがあるのに気がつきました。それは目の不自由な人や、髪を洗っているときに目が開けられないこともあるための出っぱりだと分かりました。今イギリスの家でぼくが使っているシャンプーはふたが上で、リンスはふたを下向きに置きます。だから区別ができるようになっています。
 次はお金です。日本のお札は左下のすみに丸い印がついています。千円札は一つ、五千円札は二つ、一万円札は丸が横に二つ並んでいます。目の不自由な人は、これでお札を見分けることができます。イギリスのポンド札は、大きさがちがいます。五ポンド札、十ポンド札、二十ポンド札、五十ポンド札の順に大きくなっていきます。お金をよみとる機械を持っている人もいます。
 ぼくは、実際さわってみて、出っぱりのあるシャンプーや、丸い印のついているお札のほうが、分かりやすいと感じました。これから色々注意をして、どんなちがいがあってどちらが便利なのかを考えてみたいと思います。
【評】 授業で学んだことを生かして、興味のあることについて調べ、まとめることができました。

 《感想文》 「奇跡のプレイボール」を読んで  アクトン 中3
 ぼくは「奇跡のプレイボール」を読んで、命の大切さと、ぼくがこのイギリスという恵まれた環境で過ごせることがとてもありがたいということを感じることができました。一人の人間のちっぽけなアイディアから、一時は敵同士だった日米の元兵士たちを集め参加を願い、両国のメディアやハワイの市長までをも動かした、壮大なイベントになったのです。長い時間を経て、この歴史的なイベントをきっかけに、お互いの罪を許し合えたのです。
 最初の場面で、石田君から作者(主人公)の大社(おおやしろ)さんに手紙が届いた時、見知らぬ名前の人や、外国からだという謎多きことにとてもわくわくしました。手紙の内容を読んだ後、このようなアイディアを実現させようと思った石田君の決断は、すごいことだと思いました。それと、中学校時代以来、連絡をとっていなかった友達が、たまたま老人関係の仕事をしていたので訪ねたのは、とても勇気がありえらいと思いました。「持つべきものは友」だとぼくは思い、一度友達になったら一生縁があるということに気付きました。遠い昔の友達と協力をして、日米の親善関係を深めるような、歴史的プロジェクトを成功させてしまうということは、本当にすごいことだと思います。ぼくもこの本を読んで、頑張れば何でもできると思いました。
 このプロジェクトを実現させるために、大社さんは東京から、石田君はニューヨークから「キッズ&カフス」という七十五歳以上の人のチームのあるフロリダに向かいました。大社さんに石田君からの手紙が届いたのは二〇〇六年の十一月、フロリダに行ったのはたったの二ヶ月後と、プロジェクトの展開の早さに驚きました。何もかも後まわしにするよりも、できるだけ早くした方がすっきりしていいと思いました。
 フロリダに住むあるおじいさんは、本を読み終わってからも心に残る、印象的な人物でした。最初の日には
「おれはB−二十九で東京も大阪も空爆したよ。」
とにこやかに言ったことには、あまりいい印象は持てませんでした。ところが次の日、まるで別人のように、戦争のことを思い出すのがつらい、と言いました。これは、作者、そしてぼくのような読者の心に大きく響く一言でした。一見、戦争の体験を自慢げに語っていた彼でさえも、思い出すのがつらい過去を持っている、心から消えない傷をつけられた戦争の被害者なのです。
 もうひとつぼくの心に強い印象を残したのは、少年兵として朝鮮半島に行き、死にものぐるいで日本に帰ってきた、雨宮袈裟忠(あめみや けさただ)さんです。雨宮さんは、日本に戦後戻っても母親を見つけるのに苦労をしました。家が焼かれていても、大好きな母親を探し続けた雨宮さんのしぶとさと努力に、とても感動しました。
 最後には、お互いに会うのを恐れていた元兵士たちも皆、不幸を乗り越えることができ、仲良く出来たことは本当にえらいと思いました。そして、もうこれから、このような傷の手当てのようなことをしなくていいように、絶対に戦争をしてはいけないと納得しました。ぼくは、「奇跡のプレイボール」の作者の大社充(みつる)さんのように、歴史に名を残すようなことをとてもしてみたくなりました。
【評】 「戦争には勝ちも負けもなく、みんなが負けだ。」という『蝉の声』のおじいちゃんの言葉がぴったりの内容ですね。


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