こんぺいとう  平成24年度 
5月26日 vol.6
《物語》 「ある春の日」 クロイドン 旧小5 
 春の昼間の3時でした。天気はよくて、まるでおんせんに入ったあとのようにポカポカです。白と茶色のかわいいねこがふわふわの草の上でごろごろと昼ねをしていました。元気そうに今にも、
「気持ちいいなあ。」
と、言わんばかりの顔をしていて、太陽の方におなかを向けてねていました。すてられたとも知らずに。
 気がつくと、だれかの家の庭でした。来たこともないところだったので、ねこは自分の家に帰ることができずにいました。
「おなかがすいてきたなあ。」
「魚、牛乳、ビスケットが食べたいなあ。」
と思いながらねこは、
「ニャーオ、ニャーオ。」
とないてみました。
「だれも助けに来てくれないなあ。」
と思いながら、ねむりました。
 そんな日が何日も続きました。おなかがすいて、歩くこともできずにうずくまって、葉についている朝つゆをペロペロとするのがやっとでした。
「もうだめだ。」
その時、カチャと音がしました。家の人が長い間るすにしていた家に、大きな荷物をいくつもかかえて帰ってきました。家の犬が、庭によろこんで出てきました。犬は、
「ワンワンワン。」
と大きな声で、何かをうったえています。
 そうです。ねこが横たわっていることを家の人に伝えているのです。ねこは、暖かいところに連れて行かれました。そして、やさしい家の人々に見守られながら、日に日に元気になっていきました。
 今は、また庭のふわふわした草の上で、ごろごろと元気な顔をして、おなかを太陽に向けて昼ねをしています。
「ミリィー。」
と家の人がよんでいる声が聞こえてきます。
 私は犬をかっています。犬は話しませんが、しっぽをフリフリふって喜びを表します。目を見て何かを伝えています。ワンワンと言って遊んでと伝えます。
 動物をかう時は、みんながせきにんをもてば、すてられる動物は少なくなると思います。
【評】 この文章を読むと、あるぽかぽかとした春の日のできごとが、目の前に浮かんでくるようですね。捨てられる動物が増えないように、みんなが責任をもって動物を飼うことは大切ですね。 

《作文》 「写真革命」 アクトン 旧高2
 デジタルカメラが市場に出回り始めてから15年近くなる。次々と高性能のカメラが開発され、次々と楽に使えるカメラが開発された。デジタルカメラは誰もが持っているものとなった。このように、昨今誰もが簡単に綺麗な写真をボタン一つで撮影できる時代になってしまった。少しでも気にくわなければ、PCに繋げ、色、露出などを調整し、一瞬にして一枚の完ぺきな写真を作れる時代になってしまった。
 この技術により、完ぺきな写真の価値は激しく落ちた。長年の経験を積んで、やっとの思いでフィルムに収めた初期の写真家の作品は凡人にとってみれば、ただの有り触れたイメージになってしまった。これは真に悲しいことだ。
 このような悲劇に対する反響により生まれたのが、ロモグラフィー運動だ。ロモグラフィー運動とは、完ぺきな、濁りがない写真ではなく、敢えて完ぺきではない写真を撮る運動だ。このスタイルでは、デジタルカメラは一切使われず、シンプルな機能を持つフィルムカメラだけを使う。実験に重点を置き、様々な奇妙な芸術写真を作り、世の中に送り出すのがこの運動の特長だ。
 ロモグラフィー運動は数年前に始まり、今も参加者が増えつつある。僕もその一人である。これからも今の完ぺき過ぎる写真の世界に、次々と頭をかしげる写真を配信し続け、本当の写真の奥の深さを人々に気づかせたいと僕らは思う。
【評】 簡潔に最新の写真技術革命をまとめていますね。完ぺきすぎるデジタルカメラに対応するという発想に考えさせられます。 

《感想文》 「『デューク』を読んで」 フィンチリー 旧中1
 この作品は短い話ですが、主人公の気持ちの変化がうまく表現されていると思います。主人公の気持ちは、話の最初と最後でとてもちがっているからです。話の始まりは、飼っていた犬のデュークが死んだので、主人公はとても悲しんでいます。デュークを赤ちゃんのときから飼っていたので、楽しい思い出がたくさんありました。けれども、デュークが死んでしまい、そういう楽しい思い出はもう作れません。主人公は家では本当の気持ちを見せませんが、家を出たとたん、泣き始めます。主人公の悲しみの深さがここから伝わります。
 そしてやさしい少年と出会います。電車の席をゆずってくれ、泣いている主人公にティッシュをくれます。主人公は少年にコーヒーをごちそうし、それから一日いっしょにすごしました。私は、この少年がだれなのか最初読んだ時、よく分かりませんでした。お話の最後に、少年は主人公にキスして、こう言いました。
「僕もとても、愛していたよ。」
と。少年は駆けて行ってしまいます。そこで読者は、この少年はデュークだと分かります。デュークと同じグレーの目、同じ食べ物が好きだった、同じキス、そして同じ音楽が好きだったのです。
 デュークは、主人公がやさしくしてくれたことのお礼を言いに来たのだと思いました。また、町でいっしょにすごした時間は、二人の思い出をふりかえっていたのだと思います。私は、最後のキスで、少年がデュークだと分かるところがよかったと思います。そして、きっとこれからは、悲しまずデュークとの楽しい思い出で過ごせる気がしました。
  
【評】 優しさが伝わってきました。この本を通して「デューク」という犬の思いを上手にくみ取ることができました。 




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