こんぺいとう  平成23年度 
1月28日 vol.33
《短歌》 「 私の『たのしみ』 」  アクトン 小6 
 たのしみは  予期せぬ時に  なる電話  友達からの  うれしい知らせ
【評】 電話の向こうの友達の声に、とても喜んでいる様子がよく分かります。 

《短歌》 「 私の『たのしみ』 」  アクトン 小6 
 たのしみは  朝起きてから  もう一度  まだねむたいと  二度ねする時
【評】 休みの日の朝のことを詠んでいるのでしょうか。時間を気にせずたっぷりと寝る楽しみが伝わってきます

《作文》 「 ロンドンでのお正月 」  フィンチリー 小2 
  わたしは、がんたんにおせちりょう理を食べました。わたしと妹は2だんのおじゅうにおせちりょう理をつめるお手つだいをしました。つめたものは、くりきんとん、黒まめ、にもの、かまぼこ、だてまき、チャーシュー、ぶりのてりやき、ハムとサーモンです。おせちりょう理には、いみもあります。たとえば、くりきんとんは「お金がたまるように」というねがいがこめられています。黒まめは「まめにくらす」といういみがあります。わたしは、だてまきやかまぼこはすきではありません。
 わたしと妹は、おとうさんとおかあさんからお年玉をもらいました。わたしはとてもうれしかったです。
 家ぞくで、かるたや羽子いたであそびました。わたしの妹は羽子いたであそぶのがはじめてだったので、わたしが教えてあげました。おとうさんが、かるたをとるのがはやかったので、来年はおとうさんにまけないようにはやくとりたいと思います。  
【評】 ロンドンでも日本のお正月をご家族とお祝いできましたね。 

《作文》 「 僕が経験したボランティア 」   クロイドン 中3 
 僕は母と、去年の8月5日から3泊4日のスケジュールで、陸前高田のボランティアツアーに参加した。8月5日の夜10時半、バスは東京駅を出発し、車中一泊、6時すぎに盛岡に到着した。初めて来た岩手県だ。ボランティアセンターで道具を借り、目的地に向かった。陸前高田には9時ごろ到着した。そこは、原子爆弾が落ちた後の広島のように、ほとんどのビルや建物はなくなっていた。どこを見ても、10メートルはあるがれきの山だらけでいったいこれをどうやって片付けるのかと思った。人生で初めて津波の真の力を見て怖くなった。
 1日目の仕事は、海沿いの側溝の泥さらいだった。泥はあまりにもくさくて、僕は吐くかと思った。僕たちのグループは36人で、それを4班に分けて、それぞれの班長を決めた。みんなで交代して泥を取り除き、移動する仕事をした。僕たちは、必死に泥をスコップでさらった。泥の中からプラスチックのビニール袋、何本ものビールの缶、大きな石、貝殻、生きたカニも出てきた。そしてその泥を袋に入れる作業をした(カニは逃がしたけどね)。ほとんどの建物が流されてしまい、日陰がなかったので、陸前高田はすごく暑かった。暑かったから、熱中症に気をつけろといわれた。だから僕たちは水をいっぱい飲んで、休憩を何度もとった。グループの中には、もう何度もボランティアに参加している人たちがいて、親切にいろいろ教えてくれた。その仕事をしていた場所からは、この震災で有名になった「希望の一本松」が、よく見えた。津波におそわれる前は、この陸前高田の海岸には、2キロメートルにわたって、7万本の松が茂っていた。それが今、この1本だけしか残っていない。
 2日目の仕事は、祭りを盛り上げるボランティアだった。陸前高田の祭りは「うごく七夕祭り」と言われ、400年の歴史があるそうだ。多くの山車が津波で流された中、奇跡的に残った山車が3つあった。僕が祭りの夜に手伝った山車はそのうちの1つで、大石地区の山車だった。大石地区は、この震災で半分の人が亡くなってしまった。人が少ないから、祭りは無理ではないかと悩み、祭りをするかどうか話し合ったそうだが、陸前高田を消さないために、祭りを実行すると決めたということだ。僕はその祭りを盛り上げるために、山車を引っ張り、太鼓をたたき、かき氷やホットドッグを買って食べた。祭りで働いている大人たちに、僕はイギリスから来たというと、みんなはびっくりして笑って盛り上がった。この祭りにはたくさんのテレビ局が取材に来ていた。祭りが終わるころ、家が流されたおばちゃんと話ができた。家族はみんな無事だったけれど、チワワをふくめて5匹いた犬はみんな流されてしまったそうだ。でもおばちゃんは、1匹の小さなチョコレート色のチワワを抱いていた。このチワワは、震災の後に生まれたそうで、面白いことに、名前はチョコではなく、イチゴだった。おばちゃんは、仮設住宅で家族とイチゴと暮らしているそうだ。
 僕のグループの中に、優しくてユニークな人がいた。その人は○○さんという。今回のボランティアが5回目の○○さんは僕に言った。
「僕たちおじさんは、完全な復興を見られないかもしれない。でも、あなたはきっと見られるから、その日までしっかり復興を見守り続けてほしい。」
 僕は、このボランティアツアーで、いろいろなことを感じ、学び、そして考えた。悲しい光景も見たけれど、力強い被災者と優しいボランティアのメンバーに会えて、楽しかった。また今年の夏休みも日本に帰ってボランティアに参加したいと思う。 
【評】 実際に現地に赴くことで自然の恐ろしさを痛感するとともに復興を支える人々の温かさに触れることができましたね。1日も早い復興を願ってやみません。



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