こんぺいとう   
6月26日 vol.11
《手紙》 「お礼の手紙」クロイドン 小5
 初めてお手紙を差し上げます。ぼくは、毎週クロイドン校舎へ通っている5年生です。
 毎週休み時間にボールを貸してくださったり、図書館で本をさがしてくださる当番の方々に感謝しています。他に、朝教室に入るときに当番の人にあいさつしていただけるとうれしくて、同時に温かい気持ちになります。
 当番の方々がぼくたちのためにいろいろしてくださるので、毎週気持ちよく補習校へ通えます。これからもよろしくお願いします。


 こんにちは。この手紙は、ウォッチング当番をしてくださる方々への手紙です。
 毎週、ぼくたちがサッカーをやるときに、ボールを貸してくれます。古本セールを開いてくれることもうれしいです。朝、学校で会うと元気よくあいさつをしてくれます。休み時間に道を渡るとき、ぼくたちのために車を止めてくれます。
 いつもぼくたちをいろいろ手伝ってくれて本当にありがとうございます。休み時間にボールや縄跳びで遊べるので、毎週が楽しみです。
 ウォッチング当番の方がいないと、ぼくたちは本当にこまると思います。これからもぼくたちを助けてください。どうぞよろしくおねがいします。
 
【評】 ウォッチング当番の方への感謝の気持ちを忘れずに、サッカーなどをして、ボールや本も大切にしましょう。

《作文》 「先生、あのね」 フィンチリー 小3
ずっと一人っ子だったけど、7月にやっと弟ができるんだ。すごく楽しみで、あと何日、何日で7月がくるか、カレンダーを見ているんだ。どういう顔か楽しみです。
 
【評】 楽しみですね。まちどおしくてたまらないですね。きっと、すてきなお姉さんになることでしょう。

《作文》 「芥川が使った技法とその効果」 高1
 『鼻』などの文学作品で知られる芥川龍之介は、新技巧派の作家ということもあり、作品に様々な工夫がなされている。そこで、彼の作品の一つ『羅生門』で使われている技法について考えてみたい。
 まずは、主人公である下人が、生きるために悪事を働く勇気が出ずにいる場面で、手段を選べばどうなるか、また選ばないとすればどうなるか考えているが、この「すれば」が2つの技法を使って強調されている。1つはカギ括弧だ。もう一つは回数で、3回書かれている。カギ括弧が付いて3回も書かれたこの「すれば」は、下人の悪の道に進むことへのためらい、すなわちまだ善の方に傾いている心情を、視覚に訴えて強調しているのだ。また、悪を肯定する「盗人になるよりほかにしかたがない」という言葉は一度しか書かれておらず、「すれば」と対比しても下人の心は悪よりも善の方に傾いていることが一目瞭然だ。
 次に、『羅生門』の楼の上に捨ててある死骸の描写だが、直喩が2つ使われている。1つは「人形のように」で、もう1つは「おしのごとく」だ。この二つを比べると、「人形」は非人間的、「おし」は人間的な表現で、死骸の二つの面を的確かつ効果的に読者に示している。そして、その2つの面を通して表現されているどっちつかずの中途半端な死骸の状況は、自分の道を決められずに善と悪の間にいる下人の不安定な立場と重なり、この小説の主題である人間の性に光をあてる役割を果たしているといえるだろう。
 もう1つ、この作品に登場する「にきび」は、下人の心情の変化を暗示している。下人は始めにきびを気にしていたが、このときは行く場所がなくて困っていた。赤く膿をもった大きなにきびは、下手すれば飢え死にしてしまうという、事の重大さを象徴しているといえる。だから、下人はこれを気にせずにいられなかったのだ。老婆の話を聞いた後、にきびから手を離したのは、下人に老婆を犠牲にしても自分は生きるのだという道を選ぶ勇気が湧いて、飢え死にときっぱり縁を切ったからだろう。
 僕は、技巧を用いることの効果は、作品中の物事や人物を様々な角度から見ることができるところだと思う。「新技巧派」の芥川の『羅生門』は、注意深く、視野を広げて読むことで読者が2倍楽しめる作品だと思った。

 
【評】 言葉を大切にする作家の工夫をしっかり読みとることで、より深く広く作品を味わうことができるという考えに、大いに同感します。今度は作文を書くときにこの工夫を使ってみよう。




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