こんぺいとう   
2月27日 vol.38
《詩》「千羽鶴」 クロイドン 小6

 折って、たたんで
 鶴になった
 かぞえて、かぞえて
 千羽になった
【評】 みんなで折った鶴が千羽になった喜びが伝わる作品です。

《感想文》「『悲劇の少女アンネ』を読んで」 フィンチリー 中1

 アンネ・フランクの日記は、とても興味深かったです。私と同い年の13歳のアンネが、この日記を書いた時は、第二次世界大戦中でした。アンネは、ユダヤ人であるということだけで、住んでいたドイツからすべてを捨てて、家族と一緒にオランダの隠れ家に移り住む必要がありました。
 アンネは、悲しくてつらい状態にありながら、明るい話をたくさん書きました。小さい時から作家になりたい、という夢をもっていたアンネは、まだ13歳だというのに、プロのような文章を書きました。そしてアンネの心の優しさを表す文章もたくさん書きました。
 しかし、隠れ家でのできごとは、読んでいる私もこわい気持ちにさせられました。二年間という、長い長い間、アンネたちはせまいところで、息をひそめて生活をしました。アンネは、どうなるのか?いつドイツ人に見つかってしまうのか?読んでいて、はらはらしました。そして、見つかってしまった後のユダヤ人キャンプでの悲さんな生活ぶり、悲しいアンネの死は、読んでいて本当につらかったです。
 この本のメッセージは、ユダヤ人であるということだけで、亡くなっていったたくさんの子どもたちの声を一つにまとめたものだと思います。それは、子どもの将来を無断でこわしてはいけない。子どもは大人よりももっとつらい思いをする。新しいアイデアや夢がつぶされて、こわされてしまうことは、大人よりもつらいということだと思います。
 アンネの日記を通じて、子どもの目から見た戦争の悲さんさについて、学ぶこともできました。
【評】 『アンネの日記』を読んで、とても大切なことを学ぶことができましたね。私たちが学んだ「大人になれなかった弟たちに…」同様、戦争がいかに子どもの心に影響を及ぼすか、次の世代にも伝えていかなければならないと思います。

《作文》「言語と文化を考える」 アクトン 高1

 私は、人生の4分の3をイギリスで過ごしている。しかし、小学校の低学年まで日本人学校に通っていたためか、日本語の方が得意である。かといって、日本の高校1年生と同じ程度の国語力があるかと言われれば、そうではない。つまり、日本語と英語、両方とも年齢相応のレベルには、達していないのだ。
 今まで、日本語の方が得意だと思っていたが、これは私がそう思い込んでいるだけで、実際には二つの言語力の差は、あまり大きくないのではないか、と最近思い始めるようになった。これには、いくつか理由がある。
 一つは、私には、日本語を話しているとき、英語と同じように主節の後にその理由、または原因を言う癖があるからだ。日本語では普通、理由または原因を述べた後に、結果を言う。例えを挙げると、英語だと「I ate an apple because I was hungry.」という文はおかしくないが、これを日本語に訳すときに、「りんごを食べた。お腹がすいていたから。」というと、意味は通じても文として完成しておらず、おかしく感じられる。
 二つ目の理由は、最近、英語で話すことは日本語で話すことより、楽なのかもしれないと思い始めたからだ。英語には日本語と違い、敬語というものはあまりない。だから英語で話すときは、上下関係を気にせずに、自分より上の立場の人とリラックスして接することができる。そのため現地校には、仲がいい先生や違う学年の生徒たちが何人かいる。しかし、日本に帰った友達の話を聞くと、日本の学校では、上下関係が厳しいので、大変らしい。これを聞いて、英語は楽だな、と改めて思った。でもだからと言って、日本の「敬語」はよくない、と言っているわけではない。私は、日本人に礼儀正しい人が多いのは、この「敬語」を使う習慣があるからだと思っている。反対にイギリス人は、上下関係などをあまり気にしない言語を使うためか、どこか緩い感じがする。これは「言語」が「文化」と大きく関係している証拠だと思う。私はこの日本人の礼儀正しさを誇りに思っている。
 いろいろ考えてきたが、やはり私が得意なのは、日本語だ。だからもちろん、日本語を話していて楽だと思うことがひんぱんにある。例えば、英語では常に主語を入れて話さなければいけないが、日本語はそうではない。英語で「大丈夫?」と聞きたいときは「Are you OK?」というふうに「Are you」を「OK?」の前につけなければいけない。これは、日本人は相手の気持ちを先に考えるのを当然とする傾向があることが影響しているのではないかと思う。
 私は、二つの言語が話せるおかげで、言語と文化がお互いに影響し合っているということに気付くことができた。そして、日本人としての誇りも実感することができたと思っている。
【評】 自分の視点から、言語と文化の関係を見出すことができました。二つの言語の当事者であることをいかして、文化のかけ橋になってくれることを願っています。

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