こんぺいとう   
10月24日 vol.22
《作文》「『原爆句抄』を学習して」
「かぜ、子らに火をつけてたばこ一本」 アクトン 中3

 原爆で子供を亡くした喪失感やその遺体を自ら焼かねばならない悲しみ、原爆を生き延びた人の苦しみがひしひしと伝わってきます。それは、たばこを吸って堪えようとする父親の姿からも窺えます。原爆で苦しんだのは、被爆者だけではないことをつき刺すように感じさせる一句だと思いました。

「かぜ、子らに火をつけてたばこ一本」 アクトン 中3

 この句が印象に残った理由は、最後の5文字だ。「たばこ一本」に気づく前は、ずっと原爆で死んだ子供たちが「かわいそう」だと思っていたが、生き残った松尾あつゆきは、もっとかわいそうだと気づいた。子供たちがいつか自分の死体に火をつけて、見送ってもらうはずだったのに、先に火をつけて見送らなければならないのは、すごく辛いことだと思う。作者の心にできた大きな傷を少しでも癒そうとしている「たばこ一本」。この傷は、原爆で受けたどんな傷よりも痛く、治ることはない、永遠の傷だと思う。 
【評】 二人のT君が「印象に残った作品」として取り上げた句は、偶然にも同じでした。読んでみると、その思いも近いものがあります。しかし表現の方法は、それぞれに個性的です。これからも多くの作品に出会って、感想を深めたり、考えたりして、視野を広げていってほしいと思います。
「まくらもと子を骨にしてあわれちちがはる」 アクトン 中3

 私は、この俳句を読んだとき、お母さんは本当に子どもを大事に育ててきたんだなあと思った。突然原爆で死んだ子どもに対しても、「ちちがはる」ということは、普段から愛情をもって子どもに乳をあげていたのだと思う。その状況が目に浮かんだ。ちちがはっているのに、それをあげる子どもがいないのは、どんなにあわれでかわいそうで、自分だったら、やりきれないだろうと思った。
 原爆は、いかに罪のない人たちをも不幸にするかということを母親の目から痛感した。
【評】 次々と悲惨な目に遭う作者の体験を、私たちは文字から体験しましたね。あなたのように「自分の身」とあわせて、作品を読むことができると、味わいが深まります。これからも作品を読む視点としましょう。

《作文》「ひなんくんれんの感想」 フィンチリー 小4

 「ジリジリジリ」という音とともに、先生の声が聞こえました。
「男の子と女の子の一列にならんでください。うらのドアを使いなさい。」
私はそのしじにしたがいながら、考えました。
「おは、おさない。かは、かけない。しは、しゃべらない。もは、もどらない。」
 私は、実さいに住んでいる家や、通っている学校が火事になったことはありません。そのため、火事がどんなにきけんなものかということをまだよくりかいできていませんでした。けれども今日のひなんくんれんにさんかして、T校舎長先生の話を聞いた後、なんだか自分でもこわいことだなと考え始めました。
 校舎長先生が言ったように、火事はいつおこるかということは、誰にも予想できません。この広い世界の中でもそんな事故で、命を失っている人がたくさんいます。これからも自分や家ぞくなどをきけんなことから守ることについて、学習したいです。
【評】 しっかり考え、学習することで不測の事態でも冷静に対応できますね。

《詩》「雨の音」 クロイドン 小5

 まどに雨があたる音。
 むらさきの
 アジサイの上の
 カタツムリ。
 雨の日に
 顔を出す。

 まどに雨があたる音。
 ピアノの歌に乗って
 落ちる
 小さなしずく。
 すてきな曲に
 耳をすます。

 まどに雨があたる音。
 おだやかな部屋で
 しずくが
 一つ一つ
 わたしの思い出を
 運び出す。

 まどに雨があたる音。
 アジサイ、カタツムリ、しずく、
 これは全部、地球のきせきだ。
【評】 雨の音にも、いろいろな音色があるのですね。それらのすべてが地球の自然の力なのですね。そういうことを思い出させてくれるすばらしい詩です。

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