こんぺいとう   
7月4日 vol.12
《短文作り》「『たんぽぽのちえ』より」 アクトン 小2

「だんだん」
ぼくは、たくさんれんしゅうをしたので、だんだんじゅうどうがつよくなってきました。
「ぐったりと」
ぼくがおさえこみをしてかったとき、まけたあいては、ぐったりとくやしそうになきました。
「どんどん」
一しょにれんしゅうしているあい手も、どんどんつよくなってきました。
「すっかり」
ながいしあいをしたので、すっかりのどがかわいてしまいました。
「〜のように」
大きくなったら、石いせん手のようになりたいです。
【評】 新しくならったことばをつかい、テーマを「じゅうどう」にとういつして、上手に短文作りができましたね。じゅうどうをいっしょうけんめいれんしゅうしてどんどん強くなっているようすがよくわかりました。

《日記》「5月30日」 フィンチリー 小4

 5月30日は、授業参観がありました。お父さんとお母さんが来ました。わたしはとてもきんちょうしていたけれど、きんちょうしているのがわかったら、はずかしいので、平気な顔をしていました。でも、漢字の読みがわからなかったときは、やっぱり赤くなってしまいました。
 「漢字の広場」の勉強をしていると、お父さんとお母さんが少しヒントをくれました。「これで合っているのかな。」と思っていると、「合ってるよ。」と声をかけてくれました。わたしは、やさしいなと思いました。
 その日の勉強はむずかしくて、わたしのチームは、終わったのが最後でしたが、お父さんとお母さんが手伝ってくれて、とてもうれしかったです。とてもきんちょうしましたが、楽しい授業参観でした。
【評】 どんな気持ちで授業参観にのぞんだのか、よく伝わってきます。楽しい参観になってよかったですね。

《作文》「出会いを考える」 アクトン 高1

 私を大きく変えた出会いが二つある。もしこの出会いがなければ、今の自分は絶対にいなかっただろうと強く思っている。
 一つ目は、補習校の私と同じ悩みをもつ仲間との出会いだ。私は小学五年生の三学期にイギリスに移った。英語も全くできず、毎日が不安だった私を安心させてくれたのは、同じ「英語」で悩んでいる仲間だった。そのおかげで「一人じゃない。あきらめずに頑張ろう。」と思えるようになった。同じ悩みをもつ人々とふれ合うというのは、自分にとっても相手にとっても、お互いを刺激し合えることだと思う。この出会いがなければ、私は英語はもちろん、他のこともあきらめていただろう。
 二つ目の出会いは、二年半前に白血病と「出会った」ことだ。その頃は、英語に慣れ始めたばかりだったので、病気が見つかった時は、「自分は不幸だ。ずっと何かに悩まなければならないのか。」と生きる希望を無くしてしまった。しかし、決して楽ではなかったこの二年半の治療は、私に大事なものを残してくれた。それは、生きる喜びと命の大切さだ。人間は一度「死」というものを体で味わわないと生きる喜びに気づかないだろう。毎日、自分がしている普段の生活は、病気の人からすると、うらやましくて仕方がないのだ。私は、病気になる前は、毎日「生きるのしんどい。」など文句ばかり言って、時間をむだにしていた。けれど、病気になって治療をのりこえて、治った時、生きている自分は、なんて幸せだろうと強く感じた。大変だったけれど、この出会いが私の背中を押してくれたおかげで、人間的に成長することができたと思っている。
 私にとって出会いとは、私を成長させてくれるカルシウムたっぷりの牛乳だ。飲めば飲むほど、骨が強くなっていくように、出会いの数があるだけ、心が成長いくのだ。
【評】 二つの出会いから、一生の宝を手に入れたことがひしひしと伝わってきます。普段はなおざりにしがちな命の大切さを考えさせられる、自然体ながらも力強い作文です。最後の出会いの意味付けがきいています。

《詩》「ぼくとライオンと風車と」 アクトン 小3

 ぼくがどんなにどなっても、
 ガオー!とほえることはできないけれど、
 強いライオンはぼくのように、
 きれいな歌は歌えない。

 ぼくがどんなに回っても、
 風はぜんぜんでないけど、
 くるくる回る風車はぼくのように
 でんぐりがえりはできないよ。

 風車と、ライオンと、それからぼく、
 みんなすごくて、みんないい。
【評】 自分とライオン、自分と風車をくらべて、それぞれのよさをしっかり詩に書けました。リズム感もあって楽しい詩ですよね。

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