こんぺいとう   
3月7日 vol.40
《作文》「ほしゅう校の一年生になって」 フィンチリー 小1

 ぼくが一年生になって一ばんたのしかったべんきょうは、かん字スキルです。
 いままでならったかん字の中で一ばんすきな字は、「気」と「男」です。一ばんきらいな字は「火」です。どうしてかというと、いつも書きじゅんをまちがえてしまうからです。
 ほしゅう校でべんきょうをしていると、たまにおなかがすいてたまらないときがあります。そんなときは、早くいえにかえりたいとおもうけれど、さいごまでがんばります。
 ほしゅう校は、べんきょうがたいへんなときもあるけれど、ぼくはがんばって、百てんがとれるといいなとおもいます。
【評】 かん字をたくさんならうと、すきな字とそうでない字ができてしまいますよね。でも、がんばって、ぜんぶすきになりましょう。きっと百てんがとれますよ。

《作文》「友達の弟」 アクトン 小4 一色 瑛莉

 私の友達のお母さんが、三人目の赤ちゃんを7月28日に生みました。名前は「康平」といいます。今は、二ヵ月です。3600グラムで大きく生まれた男の子です。
 私は、いつも学校が終わるとすぐ教室から出て、康平君を見に行きます。ベビーカーの中でねている時は起こさないように、そっと手をさわります。あったかくて、ふわふわしていて、気持ちがいいです。起きている時は、かみの毛をそっとさわったり、顔をさわったりします。そうすると康平君は、気持ちよさそうに、笑いながら体をゆらしています。おしゃぶりをしている時に、おしゃぶりをはずすと、顔がすぐまっ赤になって泣き出します。だから私は、すぐまた口に入れてあげます。するとすぐ泣きやみます。
 康平君は、友達の弟です。毎日見るのが楽しみです。だっこをしていると、どんどん重くなっていくのが分かります。大きくなったら、どんな顔になるかが楽しみです。
【評】 赤ちゃんのかわいい様子が分かりやすくゆたかに表すことができましたね。大きくなったら、どんな子に育つのでしょうね。

第54回 青少年全国読書感想文コンクール 高校生の部入賞作品
《読書感想文》「『手紙屋』蛍雪篇を読んで」 アクトン 高1

 父に何度も読めと言われ、正直嫌々手に取った「『手紙屋』蛍雪篇」という本。どうせいつも通りすぐ飽きるだろう、と無理矢理読み始めたが、私はあっという間にこの本の中に吸い込まれてしまった。無論、読み始めた時の気持ちと読む前との気持ちは、正反対になっていた。すぐなんでも面倒くさがってしまうわたしを、この一冊の本が変えてくれたのだ。
 わたしがこの本に吸い込まれてしまった一つの理由は、主人公の和花という高校二年生の女の子だ。彼女は学校から帰ってくると、すぐに自分の部屋に駆け込んでベッドに横になり、テレビをつけた上にキャンデーを手にし携帯電話を開く、という日々を過ごしていた。要するに面倒くさがり屋のぐうたら女子高生だ。もちろん勉強なんてあまりしない、将来の夢も決まっていない、そんな子である。そう、今までのわたしにそっくりだったのだ。ある日和花が進路に悩んでいる時に、彼女の兄である喜太朗がある一通の手紙と広告を和花に渡す。そこから和花の人生が変わった。手紙は、「手紙屋」という一人の男性が喜太朗に書いたものだ。広告には、『はじめまして手紙屋です。私と手紙のやりとりをしてみませんか?きっとあなたの人生のお役に立てるはずです。まずは、私に手紙を出してください』と書いてあった。彼とは十通だけ文通ができる。和花は手紙を出し彼に勉強についてたくさんの事を学ぶ。
 主人公の和花が自分に似ているせいか、一文一文読むたびに自然に頷いたり、しまいには和花という存在に自分自身を当てはめて読むようになっていた。主人公を自分にしてしまうことによって、客観的ではなくて主観的にみることができたので、手紙屋からの貴重なアドバイスが直接わたしへのアドバイスとして頭に入った。
 和花と手紙屋との十通のやり取りを読み終わった後に私の頭の中に残ったものといえば、勉強したいという強い意志だった。この本で、勉強も身の回りを便利にする一つの道具にすぎないということを学んだ。その貴重な道具をどう上手く使って、どこまで自分を磨いていけるのか知りたくなった。勉強する、という行為に対してこんな風に思えるようになったのは、明らかにこの本がわたしの考えを変えてくれたからだ。主人公の和花もきっとわたしの様に考え方が変わったのだと思う。
 今までは勉強という言葉を聞くだけで憂鬱な気分になっていたが、それは絶対にやらなくてはいけないこと、と決め付けていたからであって、考え方を変えれば憂鬱にならないという事を手紙屋に教えてもらった。それは「やらなくてはいけないこと」を「やりたいこと」に変えること。変えるという事は難しいかもしれないが、ほんのささいな一つの目標などが「やりたいこと」に導いてくれると思う。そうすれば楽しみながら学ぶことが出来ると思う。
 もう一つ大切な事を手紙屋に教わった。それは自分のためではなくて人のために勉強するということ。個人的に考えてみると今自分がたくさんの物を身に付ければ、その知識を他の人に教えてあげたり、それを生かして色々なことが出来る、すなわち人の役に立てる時というのは、実際に自分で学んだり経験して、それを生かすことが出来た時なので、人の役に立つためにも自分が勉強しなくてはいけないのだと思う。この本には、人のために勉強する、と一方的に書いてあったが、わたしは自分のために勉強するということも大切だと思う。今まで学んできたことが身になって今の自分が在るのだから、自分自身のために頑張るのも悪くない。知識が身になり、その上人に伝えていける、これほど一石二鳥はないと思う。
 勉強するという決意をするには『意志』というものを持たないといけないらしい。「『意志』の力を強く持ち続けるために、『勉強』という道具を使う」と本文に書いてあった。この言葉は全くその通りだと思う。例えば、どこかの学校に行きたいという強い意志が、そのために勉強しようという意志を生む。意志が意志を生む、だなんておかしいかもしれないけれど、わたしはそう思う。
 この本を読んで、人生においての勉強について、新たな貴重な資料をたくさんもらった。今までの勉強に対する考え方ももちろん変わったし、それよりもこの自分が進んで勉強したい、などという意志を開花させられるなんて思ってもみなかった。「手紙屋」はわたしの今までの学ぶ、という事に対する視点を変えてくれたし、色々な事を気付かせてくれた。この本に出会えてよかったと心から思う。
 もしかすると、主人公の和花は文字の世界でのわたし、和花の兄喜太朗は文字の世界でのわたしの父だったのかもしれない。だからこの本を薦めてくれた父に感謝したい。

  喜多川泰「手紙屋:私の受験勉強を変えた十通の手紙 蛍雪篇」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

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