こんぺいとう   
12月13日 vol.30
《作文》「捕鯨についてのわたしの考え」 アクトン 小6

 捕鯨とは、今回の討論会まで考えたことのない課題だった。ところがいろいろ調べてみると、捕鯨はとても複雑な問題ということが分かった。
 今回わたしは、捕鯨に賛成した。調べたところ、捕鯨は縄文時代から行われている日本の文化である。日本の文化が減りつつある今、現存している文化を保護するのが当たり前だと思った。
 反対している人々は、絶滅危機に追いやられていることを持ち出すかもしれないが、IWC(国際捕鯨委員会)の制限条件によると、絶滅危機に近い種は、禁漁になる。したがって、鯨が絶滅することは、ほとんど確実にないだろう。
 そのほかに、失業者の増加や鯨の多用な使い道など、賛成した理由は複数ある。
 しかし、反対するべき事実もあった。例えば、鯨肉はあまり食べられないので、在庫が貯まっているらしい。これでは、捕鯨の意味はあまり無いのではないか。また、鯨は魚のように産卵できない。一度に一頭ずつ、二〜三年の妊娠期間がある。それゆえに、数が増えるのはとてもおそい。捕鯨国各年間約四十頭といえば、なぜ否定に有利なのか言うまでもないだろう。
 このように、わたしは肯定グループでありながら、否定の意見もあった。今回の討論会はわたし自身にとって、よい経験だったと思う。肉を食べているとき、前は何も考えなかったが、これからは人間のわがままのために死んだ動物に感謝して、食事をしようと思う。
【評】 肯定派、否定派、それぞれの考えをいろいろな角度から分析できましたね。

《日記》「ハロウィーン」 フィンチリー 小3

 きょうは、ハロウィーンです。もう一人のEのおうちへハロウィーンパーティーに行きます。帰りがおそくなるので、日記をいまのうちに書いておこうと思います。
 わたしはまじょになります。わたしのほかに、MとRとCがきます。みんな何になってくるのか楽しみです。
 Eのお母さんがトリックオアトリートにつれていってくれます。たくさんあまいおかしがもらえるといいな。
【評】 まず、「もう一人のE」という表げんがいいです。そして、読んでいてハロウィーンの楽しさが読み手にもつたわってきます。

《感想文》「『竹取物語』を読んで」 クロイドン 中1

 子どものころから読んでいた「かぐや姫」は、ただ簡単なお姫様の話で、おわりがない昔話だと思っていました。こうしてクラスでもう一度「かぐや姫」をちがった文章で読んでみて、よく意味を考えてみると、奥が深い物語だということが分かります。
 かぐや姫はただ単におじいさんとおばあさんと一緒に幸せに暮らしたかったのだと思います。求婚者に無理なことを頼んだのも、もともと結婚なんかしたくなかったからでしょう。
 月に帰るときにも、かぐや姫は帝のためと思って、不死の薬を残していきますが、かぐや姫そのものが幸せの種だった彼には、長く生きることが幸せではなくなりました。生きているということは、人にやさしくしたり、思いやりを伝えたりして、自分が幸せだと思うことなのに、それができなければ生きる価値がないと考えたのでしょう。
 こんなにいろいろとかくれた意味があるとは、考えてもみませんでした。
【評】 絵本になかった最後の場面から人間の在り方、生き方について考えを深めたようですね。

《物語》「ママが赤ちゃんになった」 アクトン 小2

 ぼくは、ドラえもんとお友だちになって「どこでもドア」をかりました。
 「どこでもドア」をあけると、目の前は田んぼでした。田んぼを右にまがるとおうちが見えました。まどからおうちの中をのぞくと、ぼくのじいじいが見えました。
「あれ、じいじいがわかいぞ。」
「あれ、となりに赤ちゃんがいるぞ。」
 赤ちゃんはおっぱいを元気にのんでいます。
「あっ、赤ちゃんにおっぱいをあげているのは、ぼくのばあばあだ。」
 赤ちゃんは、茶色と金色の線のもようがそでについているカーディガンをきています。そしてピンク色のスカートをはいています。くつ下は赤色です。この赤ちゃんは、ぼくのママです。
 ぼくはドアをあけて、中に入りました。わかいじいじいは、ぼくがだれだか知りません。どこでもドアで来たことは、ひみつです。でもいろいろじいじいと話をしました。
 さいごに赤ちゃんをだっこして、キスしてあげました。そして「どこでもドア」をつかってもとのせかいにもどりました。
【評】 タイムトラベルして、お母さんが赤ちゃんだったころやおじいさんがわかかったころのようすを見るのは、ふしぎな気もちでしょうね。Sくんにだっこしてもらった赤ちゃんママは、どんな気分なのかな。

BACK