ロンドン補習授業校文芸紙 第30号

こんぺいとう


平成19年12月15日

《作文》「今日の発表会」       アクトン 小3
 
 今日の発表会は、少しどきどきしました。わたしは、『三年とうげ』のおばあさん役をやっていたので、けっこうはずかしかったです。一番はずかしかったところは、おばあさんが転んでしまうところです。
 発表会が終わった時、わたしは、言葉をもっとおどろいているように言わなかったのに、気づきました。一番よく言えなかったところは、「さあ、せんたく、せんたく」のところと「おや、トルトリ、こんにちは。さあ、ナムソン、せんたくかたづけてしまおう。」というところでした。みんな、練習の時は小さな声だったけど、急に、大きな声になったので、びっくりしました。
 さいしょは、どきどきしたけれど、終わったらすっきりしました。楽しかったです。 
【評】発表会について、自分の感想をくわしくわかりやすくまとめることができました。

《詩》「四つ葉のクローバー」      アクトン 小6

 
 くやしい時、
 悲しい時、
 さみしい時、
 周りを見回してごらん、
 きっとあなたの、
 幸せの、
 四つ葉のクローバーが見つかるよ。
 
【評】落ち込んだとき、思いつめないことが大切。幸せは案外身近にあるものですから。

《詩》「私」       アクトン 小6


 ふり返る

 今まで歩んできた道
 がんばったこと・・・
 楽しかったこと・・・
 悲しかったこと・・・

 一年一年変わっていく私
 学ぶこと・・・
 わかること・・・
 できること・・・

 これらを通じて
 大人になっていく
【評】過去をふり返ると、自分の成長がよくわかりますね。そして、未来へと続いていくことも。

《詩》「すべてが止まった」     フィンチリー 小6


 8時15分、すべてが止まった
 人々の命もとまった
 時計が止まった8時15分
 すべての物が止まった
 この時計は今でも
 すべてが止まった時間を
 教えてくれる

《詩》「とまった」       フィンチリー 小6

 八月六日、
 八時十五分、
 ぼくはとまった。
 原子爆弾がおちたとき
 ぼくはとまった。
 ぼくをもってた人がきえたとき、
 ぼくはとまった。
 ぼくは八月六日にとまった。
 ぼくは八時十五分にとまった。
【評】視聴覚に訴えた分かりやすい校舎長の授業を受けて、詩を作りました。心ゆさぶられる思いや平和への祈りが、みんなの柔らかな感性を通して伝わってきます。

《感想文》「『原爆句抄』を読んで」       クロイドン 中3

 
 僕はこの「原爆句抄」を読み、作者の悲しみ、くやしさを感じました。家族を亡くし、どこに苦しみをぶつければよいかわからず、ただあふれる思いを自由律の俳句に残したのだと思います。
 作者は原爆により妻子4人を失いました。一度だけでなく、次々に死んだ子、妻の死を目にする作者、そして自分の家族に自ら火をつけるのはどんなに辛かったでしょうか。もし僕だったら、そんなことが耐えられるでしょうか。
 原爆は、被害者たちの人生を一瞬にして変えてしまいました。彼らの時間は止まりました。しかし生きている限り、いつものように新しい日がやってきます。死ぬのも生きるのも、どちらもつらかったでしょう。
 僕の心に一番残った俳句は、「なにもかも なくした手に4まいの 爆死証明」です。作者は原爆で全て失い、残されたものは、とても重い紙でした。けれどもこの紙が一体なにになるのでしょう。四人が生きていたという証明になるのでしょうか。それでも4人は戻ってきません。作者がその紙を手にして悲しんでいる姿が浮かびました。
 この「原爆句抄」は、戦争を知らない僕達の世代にも原爆の恐ろしさをひしひしと伝えてくれました。また、日本語だけでなく、英訳されることにより、世界中の人々に原爆の恐ろしさ、原爆を作り、落とすおろかさを伝えることができてよかったと思います。僕も英訳のおかげでより理解することができました。 
【評】「状況の中で生きる」ことを考えるために読んだこの『原爆句抄』。たった一行ながら作者の痛みがひしひしと伝わってきて、目頭が熱くなりました。ここから戦争のむごさを実感して反戦・反原爆の思いを新たにすると同時に、どんな状況の中でも人は生きていかなくてはならないと小原くんが書いてくれたことに、とても心強い思いをしました。